磁気校正

(Vol.38,No.1)磁界標準のための永久磁石形高安定磁界発生器に関する検討

[研究]磁界標準のための永久磁石形高安定磁界発生器に関する検討

Study on High-Stability Permanent Magnet Type Field Generator for Magnetic Standard
白井照光_富永琢麿_野中賢一_小助川充生(・標準部/・技術研究所)
T.Shirai_T.Tominaga_K.Nonaka_M.Kosukegawa

Magnetic resonance, as applied in nuclear magnetic resonance (NMR), is well known for measuring a magnetic field with high accuracy. In the Japan Electric Meters Inspection Corporation (JEMIC) standard measurements of magnetic fields from 2.5T to 10mT are made with a NMR magnetometer.

In order to evaluate JEMIC’s NMR magnetometer a magnetic field generator with high homogeneity and stability is required for the detection of NMR signals.

In this paper in order to obtain the standard magnetic field without any influence from external magnetic fields a high-stability magnetic field generator has been developed using the nu-clear magnetic resonance (NMR) field-frequency lock technique The magnetic field of the permanent magnet is locked to the NMR resonance frequency Using this technique a magnetic field of approximately 299.2mT has been stabilized to better than approximately 1.5ppm over a 2000s period.

1. はじめに
安定な磁界は,MRI(磁気共鳴イメージング)(1)の分野のみならず種々の分野で要求されている.
磁界の精密測定においても,測定時間内における磁界の変化は精度に直結するため,測定に使用される磁界発生器には励磁する電源を含めた安定度が要求される.
通常,電磁石用の電源安定度は,磁界発生器に流れる電流の変化を検出し,それをフィードバックさせることにより改善できるが,温度上昇による鉄心並びに磁極の透磁率の変化や熱膨張により磁極間隔が変化することなどから,励磁電流が一定でも磁極間に発生する磁界は変化する.
磁界を安定化させる方法として,磁界検出センサにホール素子を使った簡便な方法(2)や核磁気共鳴(以下,NMRという)を使った方法が古くから用いられている.
NMRによる方法は,磁界の変化を検出し,共鳴条件が常に一定になるように電磁石の励磁電流を制御するもので,NMR-Lock法(3),(4)とも呼ばれ,精密定電流電源(5),(6),(7)の実現にも用いられている.
現在,筆者らは市販されているNMR磁力計の不確かさを確認する作業を行っているが,そのためには磁界均一性及び安定度に優れた磁界発生器が必要となる.
現在使用している電磁石は磁極間隔を任意で変えることができる構造であるため,磁極の平行度を一定に保つことが難しく,磁界を補正するためのシムコイルを併用しないと満足な磁界均一性が得られない.
また,NMR磁力計に用いられる試料の自然幅の広がりを検討する目的では限定された磁界でよく,むしろ小形で取扱いが容易な永久磁石形の磁界発生器の方に利点がある.
磁界の安定度を考慮した場合,磁界発生器に永久磁石を使用することの問題点は,周囲温度の変化による可逆的な減磁が生じることである.
本論文では,永久磁石を用いた磁界発生器を作製し,外乱磁界等による影響を除去することを目的に検討を行った結果,磁界均一性に優れ,かつ高安定な磁界空聞を得ることができたので報告する.

2. 永久磁石形磁界発生器
永久磁石形磁界発生器の外観及び構造をそれぞれ第1図及び第2図に示す.
先に述べた温度変化による可逆的減磁の問題を解決するために,整磁合金を用いた温度補償方式による磁気回路を採用した磁界発生器(8),(9)を作製した.
使用した永久磁石は(BH)max=320kJ/m3のNd-Fe-B系焼結磁石(住友特殊金属NEOMAX)で,残留磁束密度の温度係数は約0.12%/℃である.
本磁界発生器の中心磁界は299.2mTであることから,1℃当り地磁気の大きさに相当する40μTの磁界変化が生じる.
このため,第2図に示すように永久磁石の聞にリング状の整磁合金を挟み込み(8),整磁合金による温度補償が十分に得られるような構造となっている.
また,本磁界発生器に用いた整磁合金は30%Ni-Fe合金で,周囲温度の上昇に従い飽和磁束密度が直線的に減少する特性を有している.
一方,永久磁石の外側には,外乱磁界を補償するためのフィードバックコイルを対称的に配置した.
第3図にコイル電流と発生磁界の関係,すなわちコイル定数の測定結果を示す.
発生磁界はNMR磁力計を用いて測定し,コイル定数0.137mT/mAが得られた.
また,NMRを使った測定では高い磁界均一性が要求されるため,二次元有限要素法解析によるシミュレーションによりポールピースの形状(10)が設計された.
ポールピースに第1,第2のシムを設けたダブルシム構造により,NMR試料のサイズ(3mm角)を十分包含する範囲で20ppm以内の磁界均一性が得られた.

第1図 永久磁石形磁界発生器の外観
第2図 永久磁石形磁界発生器の構造
第3図 コイル定数
第4図 NMR磁力計の外観

3.磁界安定化制御
3.1 NMR磁力計
本磁界発生器の磁界検出用として作製したNMR磁力計の外観及び構成を第4図及び第5図に示す.
この磁力計は大きく分けて2種類の方法でNMR信号を観測することができる.
図に示す“INT”モードでは,位相検波された電圧を電圧制御発振器(veo)に入力して帰還ループを形成することにより,共鳴信号を自動追尾できる.
また,“ExT”モードでは,外部発振器を用いて共鳴周波数を入力することにより共鳴条件からのずれに対応する電圧を出力する.
第6図に“INT”モードで観測されたNMRの共鳴波形を示す.
図の共鳴波形は変調周波数25Hzで微小磁界変調(11)を行って得られたものである.

3.2 制御回路
整磁合金を使った温度補償は周囲温度に対する磁界変化についてだけ補償できることから,外乱磁界の影響を低減するためにはフィードパックコイルとその電流を制御する回路が必要となる.
本制御回路では,NMR磁力計を“ExT”モードに設定し,NMRからの出力が零になるように比例・積分制御を行ってコイル電流を調節する.
NMR磁力計から得られる測定値のばらつきは,地磁気及びエレベータなどの移動に伴う磁界の変動,プロープ及び磁界発生器の振動,及び周囲温度による発生磁界の変化などが原因として考えられる.
それらをひとまとめにして外乱磁界Beとした.
本制御回路の構成及び外乱磁界の除去に着目した等価回路をそれぞれ第7図及び第8図に示す.
ここで,Bg:制御量の目標値,G:比例・積分増幅器のゲイン,K:電圧・電流変換係数,R:電流・磁界変換係数,N:NMRの磁界・電圧変換係数,Ve:一定度の磁界を与えるための比例電圧である.
第8図より目標値Bg=0とすれば,出力磁界Boは,Bo=~
となり,更に1《KNR,Veを考慮しないならば,Bo=~
となり,外乱磁界は(1/ループゲイン)倍されて低減できることが分かる.

第5図NMR磁力計の構成
第6図NMRの共鳴波形
第7図制御回路の構成
第8図等価回路

4.実験結果
4.1 時間安定度
制御回路の有無による短時間(400秒間)の安定度を第9図に示す.
第9図(a)に示すように,測定系の校正は0.0001Hzの基準周波数の変化,すなわち中心磁界に対して7.8ppmの変化を与えて行った.
なお,安定度を記録したレコーダの周波数帯域は1.5Hzである.
フィードバックコイルの電流制御を行わない場合は400秒間で約5ppmの磁界変化が生じるのに対し,制御を行った場合は,磁力計のノイズ特性を含め約1ppm以内に安定させることができた.
同様に第10図に示す長時間安定度から,2000秒間においても制御を行うことにより約1.5ppm以内の変化に収まることが分かった.
ここで,時間安定度の測定は磁界発生器をアクリルケースの中に納めて行っており,後述するように周囲温度による影響はその他の外乱要因に比べると小さいと考えられる.

第9図短時間安定度(a)電流制御なし(b)電流制御あり

4.2 温度安定度
磁界発生器を恒温槽内に入れ,低温側から高温側へ温度を変化させて安定度を調べた.
ただし,恒温槽の温度制御を働かせるとNMRの測定系が影響を受け,正しい共鳴波形が得られない.
このため,目標とする温度に到達した時点で温度制御を停止させて測定を行った.
第11図に10℃に冷却した後,恒温槽のドアを開放して約23℃まで連続的に温度変化を与えた場合のNMR出力の変化を示す.
図より,電流制御を行わない場合発生磁界は約200ppm減少するが,制御を行うことにより瞬間的なノイズの影響が認められるものの,ほぼ1ppm以内に安定する.
さらに,20,30,40℃と温度を段階的に変化させ,各温度に到達した時点で温度制御を停止させた後,それぞれ約2分間の測定を行った結果を第12図に示す.
電流制御を行わない場合は10℃の温度変化に対し磁界は約100ppm減少するが,制御を行うことによりほぼ1ppm以内に収まることが分かった.
しかしながら,第11図(a)のNMR出力の変化は,第12図(a)に示す変化に比べるとかなり大きく,また温度変化に対するNMR出力の挙動も異なっている.この原因については,磁界発生器の磁気回路における熱的な時定数の影響とも考えられるが,現在調査中である.

第10図長時間安定度(a)電流制御なし(b)電流制御あり

ここで,第12図の結果より,磁界発生器の磁界は1℃あたり約10ppm減少する.この値は,同種の磁界発生器である文献(8)の値とほぼ一致する.
永久磁石自身の温度係数は0.12%/℃であることから,整磁合金の温度補償効果により大幅に温度安定度が改善されていることが分かる.
ただし,当所での使用においては,試験室の温度環境が23℃±1℃以下に制御され,またヨークを含む磁気回路の熱容量が大きいことから,急激に周囲温度が変化しない限り,温度による発生磁界への影響はその他の要因に比べると小さいものと考えられる.

5. むすび
前述したようにNMR-Lock法による磁界の安定化は,電磁石において制御回路を工夫するなどして試みられている.しかしながら,温度係数が比較的大きな永久磁石形磁界発生器で磁界の安定化を行った報告は見受けられない.
今回の検討により,長時間及び温度に対する安定度がともにほぼ1ppm以内という結果が得られた.また,整磁合金の使用により,用途によっては磁界安定化のための制御回路を付加しなくても十分な温度安定度が得られている.
今後の課題としては,NMRの出力に変調周波数である25Hzの影響が若干みられ,それがノイズ成分となって出力に現れているため,フィルタを使って変調周波数成分を除去してノイズの低減を図る予定である.
本論文で報告した磁界安定化の方法は,永久磁石を用いた磁気回路にフィードパックコイルを付加するだけで簡便に実現できることから,MRI用の磁界発生器を始め種々の分野に応用できると思われる.
最後に,永久磁石形磁界発生器を製作された住友特殊金属の杉山氏,並びにNMR磁力計を製作され,本論文をまとめるにあたり貴重なご助言をいただいたエコー電子の直井氏並びに並木氏に深謝致します.
また,制御回路の検討にあたり貴重なご助言をいただいた当所技術研究所の士山アシスタントマネジャーを始めとする関係各位に謝意を表します.

第11図温度安定度(10~23℃)(a)電流制御なし(b)電流制御あり
第12図温度安定度(20~40℃)(a)電流制御なし(b)電流制御あり

参考文献
(1) 例えば,太田公春:“MRI用磁気回路と永久磁石材料”.日本応用磁気学会誌,Vol.22,No.1,p.25-29,1998.
(2) 白井照光,小助川充生:“10mT近傍におけ る ESR磁力計の校E”.電気検定所技報,Vol. 29,No.3,p.47,1994.
(3) R.C.LaForce,G.LaForce,and G.R. Hansen,“A proton magnetic field contro11er”Rev.Sci.Instrum.,Vol.43,p.1695,1972.
(4) S.Kan,P.Gonord,M.Fan,and Sauzade,“Automatic NMR field-frequency lock- pulsed phase locked loop approach”Rev.Sci. Instrum.,Vol.49,p.785-789,1978.
(5) H.Sasaki,A.MiyaJima,N.Kasai,H. Nakamura,“High-stability DC-curentsource using NMR lock technique”IEEE Trans. Instrum.Meas.,Vol.IM-35,No.4,p.642-643,1986.
(6) CheolGiKim,E.R.Wiliams,H.Sasaki,S. Ye,P.T.Olsen,andW.L.Tew,“Nuclear magnetic resonance-based curent-voltage source”IEEETrans.Instrum.Meas.,Vol.42,No.2,p.153-156,1993.
(7) 佐々木仁,宮島 晃,葛西直子,中村久夫: “NMR-Lock方式精密定電流回路の製作 ”. 電子技術総合研究所藁報, Vol.51,No.8,p.561-567,1987.
(8) 官原菜穂子,太田公春,中西昭男:“ESR用 高精度永久磁石磁気回路”.電気学会マグネテイツクス研究会資料,MAG-93-253,p.83-92,1993.
(9) 公開特許公報:“特開平 5-205937”
(10) T.Miyamoto,H.Sakurai,H.Takabayashi, and M.Aoki,“A development of a permanent magneto asembly for MRI devices using Nd-Fe-B material”IEEE Trans.Magn., Vol.25,No.5,p.3907-3909,1989.
(11) 中島 司,並木知徳,福井常則,小助川充生, 白井照光:“NMRを利用した低磁場の精密測定”.電気学会計測研究会資料,IM-93-17,p.1-5,1993.

(平成14年11月5日受付)

――――――――――――――――――――――――――――――
電気検定所技報Vol.38,No.1(p1)

JEMIC旧技術報告ピックアップ一覧に戻る
ページトップへ移動